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無料は猜疑心の象徴

カテゴリ:思うこと Tag:無料,猜疑心,ビジネス,価値,時間,|2012.03.14

「1ヶ月間、無料でご利用いただけます。」
「当サービスはお金は一切かかりません。」
巷では、こうした謳い文句のサービスがあふれています。
しかし、それほどお客さんで賑わっていないのはなぜでしょうか。
ただより高いものはないとは言うものの、無料で何らかの価値を得られることが魅力でないはずはありません。

無料は怪しい

考えられる理由の一つが、無料=怪しい、というイメージの付加。
無料が猜疑心をはらむようになった原因として、無料により痛い目に遭った、ということがあります。
例えば、携帯電話。
「こちらのサービスは無料ですよ。」
そういわれたのでサービスに入ったら、無料なのはその月までで、翌月からはしっかりとお金を取られてしまった。しかも1年間は解約できない。パンフレットをよ~く見てみると、たしかに小さい字で書いてある。
携帯電話の料金システムは複雑怪奇で、完璧に理解するのは至難の業です。こういった経験のある人は多いでしょう。
そんな狐につままれた人たちの危機回避手段として、無料=怪しい、という構図が創りだされていきました。

無料にも価値を

また、ネットを中心にこれだけ無料が氾濫していると、わたしたちは無料にもそれ相応の価値を求めるようになります。
その価値とは、所要時間に対しての価値です。
「無料だからやってみたけど、30分もかかった割にはイマイチ。」
時間を割いたにもかかわらず、それほどの価値が見いだせなかったら、無料であるという前提は忘れ去られます。この程度だったら、他の無料をすれば良かった、という後悔の念しか残らないわけです。
無料に対する免疫ができてきている、とも言い換えられます。

無料が経済を停滞させる

世の中に無料のものが増えるのは一見するといい流れに見えます。
資本主義社会にもかかわらず、何でもタダで手に入る。こんな素晴らしいことはありません。
が、それまでビジネスとして成り立っていたものが成り立たなくなる危険もあります。
例えば、サービスエリアでは無料でお茶を飲むことができますが、これが一般化したらどうでしょうか。
駅でお茶を無料で飲めるようになると、お金を払ってお茶を買うのがバカバカしくなります。すると、自動販売機からお茶は早々に姿を消します。
いやいやそうなったら、お茶もミネラルウォーターみたいになるから大丈夫。かもしれませんが、今よりも売上が下がるのは明白です。

いまや無料という言葉は、お店のウリになるどころか、お客様に猜疑心を植えつける言葉でもあります。
この諸刃の剣を上手く使うのは、サービスを無料にするよりも難しいのです。

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